狂犬なのはどっちだ。
視界のはじっこからあっというまに消えていったボタンの残像を思いおこしながら、吾代は顔をひきつらせる。
直後、左頬に堅い物が派手な音をたててぶつかった。
「生意気な面、してんじゃねぇよ」
そんな面にさせてンのはどこのどいつだよ。
声には出さなかったが、顔には出ていたらしい。
先ほど殴られたのと同じところに、先ほどと同じくかたい拳がつきささった。
ゴツ、と骨をつたって鈍い音が頭に響く。
痛い、から熱い、に変化した頬はみるみるうちに腫れ上がり、揺れる奥歯と歯茎の隙間から鉄の味が滲み出した。
「ひでぇ面だな」
男は親指の腹をつかい遠慮のかけらもない力をこめて吾代の頬を圧した。
いやむしろこの場合は圧し潰したといったほうが適切かもしれない。
びりり、と鋭い電流のような痛みが吾代の神経を駆け上がり、顔を歪ませる。
眉間に深く皺をよせ、かたく目を瞑って呻く吾代の姿に、男は満足げにわらった。
「てめぇは痛がってる顔が最高にイイな、吾代」
「…最高に変態だな、社長」
呆れたような、諦めたような吾代の声と台詞に、男は笑顔で拳をかためて、もっとイイ顔にしてやろうかと本気はんぶんの脅しをはなつ。
痛みからでない不快感で顔をしかめた吾代ににやりとわらいかけた男は、かざした拳の位置はそのままに、人差し指と中指のあいだに親指を入れ卑猥な記号をつくりだした。
「それともてめぇがゆるしてって泣き出すまで無理やり犯してやろうか?」
吾代はさらに顔をしかめてはきすてた。
「無理やり犯してンのはいつものことだろ」
その一言が、男に火をつける。
「…言うじゃねーか」
男はボタンが飛んでしまった派手な柄シャツを力任せに引っ張った。
みしみしという音と、それを追うようにきこえたびり、という音。
決して頑丈といえるほどの布地ではなかったものの、おろして間もないシャツを無理やり引き裂くほどこめられた力。
その力にあがらう布地は吾代の皮膚にしがみつき、擦過傷をつくりだす。
「ぁ、つぅ…!」
鋭く力をくわえられると、布地は摩擦で熱をおこしながら傷をつくった。
再び純粋な痛みに歪んだ吾代の顔を見下ろしながら、男はいった。

誰が御主人様か教えてやるよ、糞犬。

誰が御主人様だよただの野犬のボスかなんかだろーがこのケダモノ。悪趣味野郎。
てゆうかそのシャツ結構高かったんだよどうしてくれんだよ。

頭のなかで威勢よく吐き出す悪態でできうるかぎり与えられる痛みをごまかしながら、吾代はたえきれない苦痛と快楽にくいしばった歯と歯の間から呻いた。



2006.09.24