ポロリと、箸から米粒が転がり落ちた。
だらだらとくだらないことを喋り続ける口のはしから、茶碗の縁から、おおよそ食べこぼしが可能と思われるありとあらゆるところから、 ぼろぼろとこぼれてゆく食物をみて、早乙女は顔をしかめる。
すでに食事を終えていてよかった。
この、箸を使って食事をすることを覚えたばりの幼児と変わらないたべっぷりは見ているだけで食欲をなくす。
食後の珈琲をすすりながら、早乙女は男の帰社を待ち共に食事をするという選択肢を早々と放棄した自分を心の中で誉め讃えた。

当の食べこぼしの張本人はそのガサツな食事風景を裏切らない洞察力の無さを発揮し、
早乙女の心情を察するような繊細さの片鱗さえみせずに汚らしいたべっぷりを披露し続けていた。
食べこぼしに気づいていないのかはたまた食べこぼしに頓着がないのか、散らばる食滓には目もくれず、知性の感じられない言葉を繰り返す。
内容は主に愚痴と文句。
しかも認知症と疑ってしまうほど内容がリピートされている。
傾聴する価値というものをまったく感じさせない彼の言葉の羅列を右から左へとききながし、早乙女は知能指数が果てしなく低そうな男をぼんやりと眺めた。
365日の共同生活でいいかげん見飽きた彼の顔は不愉快そうに歪められている。
その所為でただでさえ悪い人相がよりいっそう凶悪になっていた。
…不細工な面だな。
早乙女は心の底からしみじみおもう。
例え恋仲であろうとも可愛いだとかかっこいいだとか相手の容色を誉める言葉は一切浮かばない所が自分たちの関係の美点かもしれない。
手心をしらないというかなんというか。
あばたもえくぼなんて馬鹿らしいことを他者から指摘されるような気色悪い関係にならなくてよかった。
想像すると相当気持ちが悪い。
そんなことを考えながら眺めていた、見飽きた不細工な面の唇のはしに、ぺったりとソースが付着していることに早乙女はふと気づいた。
さっき食べていたトンカツのソースだろうか。
早乙女は無意識のうちに手をのばし、親指でソースを拭った。
茶色を指がなぞり拭き取る様子を目で追って、ふと顔を不細工な面にもどすと、 くだらないお喋りを止めた口を半開きにして、ぽかんとした顔で早乙女をみていた。
「何だよ」
「いや…社長が優しいと気色わるいなぁと」
その言い様の生意気さに無性に腹がたったので、頬をぬぐった親指を力いっぱい半開きの口の中におしこんでやった。



2006.10.13