怨みをかうことはよくあれど、これほど計画的に待ち伏せをされたのは初めてだった。 取り立てにいくであろう債務者に目星をつけ、その道すがらの、人目につきにくい場所に人数かきあつめて潜むだなんて、吾代に言わせればナンセンスだ。復讐したいなら、 正々堂々、真正面から叩き潰すのが基本ではないか。 まぁ、吾代の持論はともかく、多勢に無勢の計画的な襲撃である。 瞬く間に吾代と早乙女はとりかこまれ、引き離されてしまった。 かなり本気で仕留めにきている。 随分怨みをかったもんだと嘆息しながら、吾代は一番近くにいた男にまわし蹴りを叩き込んだ。暴力は吾代の専門分野だから、正直、負ける気はしなかった。 だが、 社長は、と吾代は視線をめぐらす。随分引き離されてしまった。すぐに視線におさめられないほどに、遠い。 何故だか酷く焦りながら、吾代は視線をはしらせる。 …いた。 視界のはしで、早乙女がとりかこまれているのが見えた。 吾代の方よりも人数が多いのは、吾代がしとめた数が多いのか、それとも早乙女が引き受けた分が多かったのか。 早乙女は弱くはないが、決してすばぬけて強いわけではない。あの人数をひとりで捌ききれるとは、とてもじゃないが思えなかった。 焦燥感が、強くなる。 吾代は目の前の男の鼻を殴って怯ませ、早乙女の方へと走る。 襲撃者に背を向けるなど殴ってくれと言わんばかりの愚かな行為だ。 だが、後ろから聞こえる努声を、危険だと感じる心は、その時すっかり消え失せていた。 駆け寄る吾代の視線の先で、早乙女が奮闘している。動きにくそうなスーツ姿で、後ろに迫っていた男の顔面に裏拳を叩き込んで黙らせる。 なんだ、社長も結構やるじゃんか、と安堵した吾代は、気づくのが一瞬遅れてしまった。 早乙女の正面で、ナイフを振りかざす男の姿に。 あ、と思った時にはもう遅かった。 掲げられたナイフは、真っ直ぐ早乙女に向かって振り下ろされる。 自分を狙う凶器に気付いた早乙女が右腕でそれを横なぎに打ち払ったが、ナイフの軌道を垂直から平行に変えるだけにおわった。 シャ、と刃物が早乙女の顔を這った。 右目のあたりを滑らかに通過したナイフは、そのまま男の手を離れて飛んでいった。空中で弧を描くナイフの先から、赤い飛沫が舞う。 あれはきっと、早乙女の血だ。 「社長!」 吾代は無意義のうちに、叫んでいた。 吾代の叫びに、早乙女がちらりと視線をよこした。吾代を視線に捕らえ、忌々しげに顔を歪める。 早乙女は傷付いたあたりを掌で覆って加害者を蹴り飛ばすと、吾代の方を向き直って怒鳴った。 「うっせーんだよ!くだんねぇ心配はテメーの取り分かたずけてからにしろ!」 躊躇う足には、進むことも戻ることも出来ず、地面にぬいつけられた。 判断能力を奪われたちすくむ吾代の目の前で、血に濡れた右手が顔からはずされる。 傷は、頬骨の上あたりにぱっくりと口をひらいていた。斜めに切り裂かれた目の下から、とろりとあかい液体が流れでる。 見慣れた赤に、うろたえる。 吾代の方を向き直った早乙女は痛みにゆがめた顔を緩め、 「水も滴るいい男だろ?」 どうしようもない軽口をたたいた。 それは水とはいわねぇよ、と言い返せる余裕は、生憎と今現在持ちあわせてはいなかった。 |
2007.06.14