「ネーウロ」
「何だ」
「呼んでみただけー」
「ほぅ」
「いたっ!」
「油虫の分際で我が輩を用事もなく呼ぶとは良い度胸ではないか!いつの間にか随分と出世したものだな」
「ちょ、いたたた!頭掴まないで!持ち上げないで!足浮いてるから!!いたた頭割れる!首もげる!!」
「窮屈な地上から解放されて嬉しいだろう。折角だからこのままさらに上まで連れて行ってやろうか。事務所の天井を突き破って宙に浮けば神として崇められるぞ」
「崇められる前に神様の所に旅立っちゃうから!いたいたいすいません調子にのってましたゆるしてーーー!」






「ギャ――!!いた、いたいってば!やめて!死ぬ!!」
「煩いぞ弥子」
「煩いぞじゃないって!本気で痛いんだって!!」
「ん?」
「ぅギャ―――!!!小首をかしげて力を強くするな!!!本当に死ぬ!いくら私でも死ぬ!!!」
「心配するな、弥子。そのうちこのぐらいの痛みは快楽にかわるようになる」
「それはそれで問題だっつーの!!」






※以下パラレル注意※

(ネウロ先生と弥子ちゃん)


「以上だ。
 …桂木弥子。貴様は後で我輩の部屋に来るように」

フルネームで名指しされて、弥子はからだをこわばらせた。
「また弥子〜?」
隣に座っていた女友達が、不満そうな声をあげる。
「すっかりネウロ先生のお気に入りだよねぇ。いいなぁ弥子」
「ホント。ネウロ先生超かっこいいし」
弥子の周りに集まってきた女友達も皆、指名を羨ましがり、憧れまじりの目で、今は主のいない教壇をみやった。
だが、弥子は違う。
変われるものなら変わってあげたい。そう心中嘆いて、憂鬱をため息にして吐き出した。
だって、わたしは知っているから。


定石通り三回扉をノックして、返事を待つ。
返事は聞こえない。
時間通りに来たのに、と眉根を寄せて、再びノックしようと手を掲げる。
「キャ、」
だがその手は扉を叩く前に、唐突に開いた扉から伸びて来た手に捕えられてしまった。
強引に部屋の中へと引き込まれた弥子は、そのまま机の上に叩きつけられる。
見上げれば、自分をおさえつける、心臓がとまりそうなくらい酷薄な顔をした男がいた。

「待ちくたびれたぞ、弥子」

痛いだとか、時間通りに来たじゃん、とかわめく余裕もないほど強引に、乱暴に、口付けられる。
(痛いし、苦しいし、最悪)
かっこいい、憧れの先生が、人間じゃないみたいに酷い男だって知ったら、あの、羨ましがってた女の子たちはどうするんだろう。
酸欠の、ぼんやりする頭でぼんやりと考えて、弥子は目を閉じた。






「弥子」
「椅子になれ」
「訳わかんないんだけど!?」
「貴様等のテストの採点をしていたらあまりの嘆かわしさに疲れ果ててしまったのだ」
「アンタが疲れ果てるのと私が椅子になるのの何処に関係があるのよ!!」
「我輩も人の子、時には人肌で身心の疲れを癒したい時もある」
「じゃあ別に人間椅子になる必要はないじゃない!…その、膝枕とかでも…」
「フッ、」
「(鼻で笑われた…)」
「寝言は置いておいて、さあ弥子、やるのだ」
「私の意見と意思は無視か!!」
「立派に椅子係をやりとげたら、学食一週間食べ放題の権利をやろう」
「う…」
「ついでに、我輩の授業で半年指名無し+テストのヤマを教えるオマケもつけてやる」
「…やらせていただきます!!」






押さえられた手首。
脚を這上がる手。
それに、「いたい」、「やめて」、と言う。
そうやって口先で拒絶することが、私が唯一できる抵抗だった。
それ以外の抵抗は、全て無駄だととうに諦めてしまった。
いくら暴れた所で私を押さえ込む力は緩みはしないし、大声をあげれば色々なかたちで仕置きをされる。
たとえばそれは単純に暴力であったり、陰湿な性交であったり、教員という立場を利用したものだったりする。
どれをとっても、ろくなものではなかった。
だから、外にもれないぐらいのちいさな声で、繰り返すのだ。やめてだとか、いやだとか。
ネウロの手がブラウスの釦を外し、下着の隙間から、先細りのつめたい指が忍び込んでくる。
「やめて」
習慣のように、義務のように、言った。
すると、下着の中に潜った指が、ぴたりと止まる。
今まで、いくら拒んでも止まることのなかったそれが動かなくなった事に驚き、横にそらしていた顏を正面に戻した。
そして、次の瞬間、その事を酷く後悔する。
ネウロは、心底愉快そうな笑みを浮かべて、私を見下ろしていた。
「まったく、訳の分からない事を言うな、貴様は」
そう言って、きっ、と私の肌に爪をたてる。
痛みにぎゅうと目を瞑った私の耳元で、揶揄含んだを低い声がした。
「ではなぜ貴様は、我輩に呼ばれるまま、のこのこと我輩の前に現れるのだ?」

…ああ、これで。
最後の抵抗さえ奪われてしまった。

その事を悟って、私きゅうと唇を噛む。
胸中に湧き上がる感覚は泣きたくなるような絶望感と、毒性の高い愉悦だった。






「弥子よ。貴様、甘ったるいにおいがするぞ。頭だけではあきたらずついには身体まで発酵しはじめたのか?」
「ンな訳あるか!ほら、今日調理実習でクッキー作ったじゃない?」
「しるか」
「あっそ…(昨日話したっつーの)」
「で。それが貴様が発酵しているのと何の関係があるのだ?」
「アンタお菓子とか作ったことないの?」
「必要性を感じないな」
「ですよね。…結構匂いがうつるのよ」
「ほう。所で弥子」
「なによ」
「その作った菓子とやらを我輩に持ってくるような可愛らしさは貴様にはないのか」
「あるわけないじゃん。てゆうかアンタ、そんな事されてうれしいの?」
「全く」
「………」



2008.4.17